『アメリカの大恐慌』を讀む(15)過少消費説
ロスバードの"America's Great Depression"(『アメリカの大恐慌』)を讀むこの試みは、理論篇である第一部を今囘で終へるのを機に、おしまひとする。大恐慌の經緯を具體的に追ふ第二部以降の内容は、今後、シリーズ「大恐慌の眞實」の中で紹介していきたい。
過少消費説(Underconsumption)
さて、「過少消費」理論は大恐慌の解説書でよく登場するが、ケインズがある意味でお墨つきを與へるまで、まともな經濟學扱ひされてゐなかつたとロスバードはいふ。この理論によれば、好況期に一部の金持ちに富が集中する結果、一般の消費者は物をあまり買へず、製造された商品が賣れ殘るやうになる。これが經濟危機と不況を招くといふ。
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この理論には多くのまやかしがあるとロスバードはいふ。まづ、人間が存在する限り、消費がなくなることはない。かりに人々が突然消費を減らし、代はりに現金を貯め込むやうになつたとしても、最低限の消費は續けなければならない。價格が自由に形成される市場であれば、資本財や最終消費財は消費の減少に見合つた水準まで下落するはずだ。さうすれば商品が高い價格のせゐで賣れ殘ることはないから、企業の損失が長引くことはない。
次に、過少消費理論では、不況の初めに企業家が一齊に損失を出す「集團的過失」を説明できない。過少消費理論によると、好況時の生産は消費者の需要を上囘つてしまふといふが、ここは極樂淨土ではないのだから、生産への需要がなくなることはない。それに加へ、商品の賣値が下がつても、一方でコストも下がれば、企業が赤字に陷ることはない。生産が消費者需要全般を上囘るなどといふ主張は馬鹿げてゐる。
静的ショックカラーページ
また過少消費理論によると、好況で所得は金持ちに集中するが、金持ちは大衆に比べ少ししか消費しないので、大衆の「贖買力」だけでは増産された商品を吸收しきれないといふ。だが金持ちが大衆に比べ少ししか消費しないといふのは疑はしいし、好況で所得が貧困層から富裕層に移轉するとも限らない。だがかりにこれらの假定を認めたとしても、企業家や金持ちも消費しないわけではないし、金持ちによる貯蓄は金利を押し下げ、生産設備や機械などへの需要を呼び起こす。貯蓄は投資の原資となるから、消費同樣、生産構造を維持するのに缺かせないものだとロスバードは強調する。
過少消費論者は、生産の擴大は物價の低下を招き、不況の原因となると主張する。だが物價の下落が不況を招くことはない。物價の下落が投資の増加によるもので、生産性の向上が單位當たりコストに反映されてゐるのであれば、企業の採算が惡化する恐れはまつたくない。物價の下落は生産性向上の果實をすべての人々に分配するものだ。經濟發展においては、貨幣膨脹がなければ、資本の増加と生産性の向上を反映し、物價は下落するのが自然な成り行きだ。
名目賃金率も下落するだらうが、それは消費財の値下がりよりも小幅にとどまり、結果として實質賃金率は高まるだらうとロスバードはいふ。これは先進資本主義諸國の歴史を振り返つても明らかだ。過少消費論者の主張に反し、安定した物價水準を維持しなければならない理由などない。物價下落を食ひ止めるために貨幣と信用の量を膨脹させれば、むしろ景氣循環といふ災厄を招くだけだ。
もし過少消費理論が正しいのなら、不況で最も嚴しい影響を被るのは消費財産業で、資本財産業は相對的に良好な業績を保つはずだ。しかし實際には、不況で一番打撃を受けるのは消費財産業でなく、資本財産業であることが一般に知られてゐる。ミーゼス理論ではこの現象を正しく説明できるが、過少消費理論ではできない。すべての經濟危機の特徴は誤投資と貯蓄不足であつて、過少消費ではないとロスバードは述べる。
以下の數節は割愛する。
The Acceleration Principle
Dearth of "Investment Opportunities"
Schumpeter's Business Cycle Theory
Qualitative Credit Doctrines
Overoptimism and Overpessimism
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